院長ブログ
てっぺんなのに床?
昨日は行きつけの床屋さんに行ってきました。このお店は手際よくカットしてくれて、料金もリーズナブルなのでヒマができればいつもここに行きます(写真)。どうしても床屋さんで髪を切ってもらっていると眠くなります。「チャキ、チャキ、チャキ」というハサミの音が眠気を呼ぶのでしょうね。担当してくれる店長さんとたくさん話しながら切ってもらいますが、だんだん眠くなるうえ髭剃りのため顔にタオルを載せられるとしゃべることも抑制されるので、朦朧としている中でいろんなことを考えてしまいます。
『……髪という人の体の中では一番てっぺんの部分を扱うのに、なぜ「床」屋なのだろう…。お相撲さんの髪結いさんも床山さんというではないか。昔から床屋のサインポールの赤と青の線がくるくる回ってるのは外科をやってた名残で動脈と静脈だっていうけれど、「臨床」とかって関係あるのだろうか。ううむわからん…。』なんて思いながらというか。
ところでその床屋さんの近くにある駐車場の壁に落書きがあって、「生き物の数え方は食べないで残す部分をとってつける。牛や豚は頭を残すから頭、鳥は羽、魚は尾、人は名を残すから名という。」と書かれてました。へーそうなのか、なるほどねと変に納得しましたが、では Q.取り外しの義歯(入れ歯)はなんて数えると思いますか。
答えは1床、2床です。義歯のピンクの顎の部分がいわゆる床に相当するからです。と思いながらも、店を出たら薄くなった毛髪の頭皮に急に来た寒波の突風を受け、ついさっきまでうたた寝したリラックスムードが吹っ飛んだ休日の朝でした。
コーヒータイム
帰去来Ⅴ
さて気仙沼に着きました。実家のあった場所は大島汽船の発着所近くなので来るたびに震災復興の様子が見て取れます。問題にはなっていますが防潮堤の形も出来、周辺はまだまだ多くは更地のままですが、最終的な大型建物の建築が始まっていたり、伝統的なお店が復活しており、少しずつ落ち着いてきてるような印象です。
実家に顔を出した後、唐桑半島の御崎に行きました。気仙沼の海の観光スポットは大きく分けると ①お伊勢浜、岩井崎と大谷海岸 ②大島、小田の浜 ③唐桑半島、のエリアに分かれると思います。ここで唐桑だけは外洋に面してるせいかビーチは無く、昔から波は荒いイメージですね。 今回の唐桑の御崎に行くのは実は震災の年以来です。震災の年の初詣では御崎神社でした。その時一緒に行った家族にも話しましたが、唐桑の海はもともと荒れてるにしてもその日の海は全体に落ち着きがなく、普段だったら荒れてても海の色は青いのに白くくすんでました。しかも水面は高く、海の「嵩(かさ)」があるって言うか、溢れそうだって言うか。なんか様子ががいつもと違うなあと強く感じました。そして直後の3月の大津波のことを思うと、自分はこんなことは絶対信じないのですが、あの時の妙な海の荒れ方はこれから自ら引き起こす大災害の予告だったのかなと---。
この日は先日韓国版トレッキングコース「オルレ」に韓国の認定機関に認定されたばかりとあって、印のついた遊歩道に沿って歩きました。写真は毎回眺める陰沼(めぬま)と陽沼(おぬま)、ハワイ方向の外洋といわれのある児置島です。震災直後はトラウマで海に近づくこともなかったのですが、羹に懲りて膾を吹く時期も過ぎ、随分と久しぶりのような気がしますが、さすがに昔と変わらぬ何もなかったような海模様には複雑な気持ちでした。
北上夜曲と新国立競技場
28日は気仙沼に行くので親族におみやげにと「とよまだんご」を買いに登米市登米町に寄りました。当日はあまりにも天気がよかったので、近くを流れる北上川の堤防に上りその迫力のある景観を眺めました(写真1)。北上川は母校の盛岡の岩手医大の近くを流れて、やがて宮城県から太平洋にそそぐ日本屈指のなじみ深い大河です。かなり子供のころテレビでムード歌謡曲としてよく「北上夜曲」が流れてました。映画にもなった歌で全国的なヒット曲でしたですので、どこか遠い地方の歌なんだろうなと思ってました。しかし大学に入って野球部のコンパ(当時は飲み会をそう言ったのです)の時、当時の部長だった脳神経外科の金谷春之教授がこの歌を唄をうたわれました。金谷先生は九州出身でしたが『北上夜曲は北上川の歌なんだよ。』とおっしゃられたときに、北上夜曲そうだったのか!! 北上川のことだったのか、と初めて知りました。普段車などで川を渡ってはいますが、川べりでじっくり眺めるのは初めてだったので、すっかり固まって感慨に浸ってしまいました。
さて次はだんご屋の「とよまだんご」さん(写真2)に行きました。このお店を訪れるのは初めてですが、よくテレビの番組に取り上げられているらしく、TOKIOの国分君も来たみたいです。さっそく5色だんごを2パック買って車を走らせようとしましたが、だんご屋さんの隣では新登米懐古館という建物の新築工事が行われてました。そこの看板を見たところ、設計はなんと『隈研吾建築事務所』となっており思わず「うっそーっ!」と驚いた次第です。
先日、隈研吾氏が出演した彼の特集番組を見ましたが、とてつもない挫折を繰り返したらしいですが今の日本では世界に誇れる建築家の一人でしょう。東京オリンピックに向けた新国立競技場の設計コンペが行われザハ・ハディッド氏案が選ばれたとき、個人設計家の彼は自分にゃかかわりのない世界だと思ってたらしいですが、今となっては彼しかできない仕事でしょう。そういえば山の手線の品川新駅も彼の設計でしたね。そんな高名な設計師が新登米懐古館を設計するなんてと驚いたわけです。しかし彼の前々からの設計のモチーフとして新国立競技場もそうですが、地元の国産の木材をふんだんに使用することによって日本らしさを出せるのと、二酸化炭素の排出を抑えることができると話していました。うまく言えませんがむしろ登米の懐古館などは彼の得意なジャンルなんでしょうね。
近くの物産センター、遠山之里の店内には隈研吾氏のサイン入りパネルが当然のように展示されてました(写真3)。そしてこの後は懐古館と新国立競技場の無事の完成を祈り、建築がらみの登米名物「瓦せんべい」を買って気仙沼に向かいました。
歯科医師の使命㉓
一昨日は栗原市内の入院設備のある病院に当医院の衛生士1名を帯同して往診に行ってきました。歯科の往診は健康保険であれば決められた距離内の施設や居宅で、通院が極めて困難な患者さんに対し行うことができます。我々歯科医師はいつ要請があってもいいように常時往診の体制を整えています。しかし想定してるほどお呼びがかかってないような気がします。健常な高齢者の皆さんが口の中のことで大変な思いをして通院されているのに、介護が必要となったために自宅や施設にいるわけですから当然それまで以上に歯科治療が必要なはずなのですが…。
先日もあるケアマネージャーさんや違う施設から往診のご相談があり、往診で対応するよう助言させていただきましたがなかなか往診するまでに至っていません。自宅だとわざわざ歯医者に来てもらうのがはばかるのでしょうか。施設であればただでさえ施設の利用料がかかるからでしょうか。やはり最後までよく噛んで楽しい食生活を過ごし天寿を全うしたいというのが大半の高齢者の方々の切望だと思います。さらにうまく噛めないということは誤嚥性肺炎を招きやすく、認知症の進行を早めると言うポピュラーな問題もあります。是非必要な場面で我々を利用して頂きたいと思います。もちろん歯科医師側も相応の準備を怠らないことが必須です。