院長ブログ
歯科医師の使命⑦
昨日は歯科校医をしている瀬峰中学校の歯科健診に行ってきました。一昨年度、歯科校医をしているということで栗原市の学校保健会から「あいさつ」という題で会報「けんこう」への原稿依頼があり第17号に掲載されました。学校歯科医としての自分の心情を書いたものですので今日はその文章を転載させていただきます。
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今から20数年前、宇野義方立教大学名誉教授(当時)著の「挨拶は怖い」を読んだ。そのころは歯科医院を開業したてだったので、スタッフに対する指導や患者さんへの対応の仕方を学ぶつもりだった。その中でまだ印象に残っているのは『自分から先に挨拶する』『形と心が伴ってこそ挨拶』と書いてあったことで、今でも何かにつけ思い出す。
私は学生時代硬式野球部であった。ご多分に漏れず先輩後輩の挨拶にはうるさかった。練習中はもちろん街で先輩を見かければすぐ近寄っては『ちゃす!!(こんにちは)』と言ったと思えばすぐ『失礼します!』と言って先輩が立ち去るのを見送った。当然後輩からも同様の扱いを受けた。その習慣が今でも抜けないので、知っている人だと気づけば寄って行っては声をかける。『自分から先に挨拶する』なのだ。声をかけられた向こうも挨拶を返さざるを得ないので、そこには相手をシカト(賭博言葉で無視)したとかされたとかという煩わしさが生じない。体育会の野球部と言えば確かに猛練習ばかりのいやなイメージしかないが、この点については役に立っている次第である。『体育会』なんてすでに死語であるが中学校などの部活ではそのようなことが踏襲されているのだろうか。しごきや暴力は困るが大きな声で人に挨拶することぐらいは覚えてほしい。そうすれば昨今の子供たちの一人でいるほうが楽だというコミュニケーション障害も少しは改善するのではないかと思うのは部外者の勝手な推測であろうか。
つまらない自慢話はさておき、われわれ学校歯科医と生徒が学校で直接挨拶を交わす機会はあまりない。唯一歯科健診で対面時に交わす程度であるがこれが極めて重い意味を持つ。健診時、私は生徒に向かって『こんにちは』と例によってこちらから先に声をかける。それに対しての生徒の反応がいかなるものかに全神経を集中させる。あらかた多くの生徒は『こんにちは』と返してよこすが、挨拶を返さない、目線もあわせない子が時折いる。おやっと思って口の中を見ると予想通り虫歯が異常に多い。抜歯すべき歯があったり歯周病にも罹患していたりする。もっとも虫歯が多くてもあっけらかんとしている生徒もいるが、往々にして挨拶がぎこちない子にはこういう場合は多い。
これはどういうことかと言うと、学校保健委員会などでよく説明させてもらっていることだが、虫歯の多くは後天的な生活環境によって発症、助長される疾患である。さらに口腔内の状況はその子の家庭環境、社会的背景も反映する。つまり口の中を見ることによってネグレクト、虐待、育児放棄といったことまで推測できることがある。アメリカでは歯科医が健診時に口腔内に極端な所見を持つ児童を診たら児童相談所に通報する場合があると聞く。
そもそもきちんと挨拶ができないとそこには心に何らかの問題、さらには家庭的、社会的な問題を抱えているのではないかと推測される。つまり『心が伴っていない』のである。そこから口の中を見る前に多発性の虫歯を必然的に予想することになる。
残念ながら学校における歯科健診とは口腔内の状態いわゆる事実のみを記録するだけである。そこに我々がなぜそうなったかの原因を探求することは求められないし、今後の対応を生徒に指示することもない。もともと健診票にはそういったことを記入する欄すらない。しかし職業柄、ほとんどの歯科医師は常に原因の究明と今後の対策を相当意識しながら健診している。口腔内が悲惨だと家での生活はどうなっているのだろうか、3度の食事はちゃんと取っているのだろうかと疑念を抱く。そしてこの思いをめぐらせる糸口になっているのが初めの挨拶と言うことになるわけだ。こういったことを鑑み、願わくはいつの日か健診時に全ての生徒さんが明るく大きな声で挨拶を返してくれることを祈っている。